今日の読んだものとメモ、少しだけソーシャルセクターの話

昨日よりは体調が良い。今日は先週やった血液検査の結果を聞きに行かなければならないので、多少元気じゃないと困る。甲状腺機能が変じゃないかと思って検査したのだけど、また病気が増えるのも嫌だし、何もなければ何もないで、精神的なものとか自律神経の問題と言われるので嫌だ。トラウマ由来の精神的不調がある人は身体にも不調が出る人が多い気がするけど、理由はなんであれ不調だらけというのは嫌なものです。

今日も読んだものをメモ。

yoshimi-deluxe.hatenablog.com

この方のブログがとても好き。今回もやっぱり好きだった。どこが好きなのかいちいち説明したくないけど、「私たち」と「社会課題」というものが別々に離れたところに存在するんじゃないという視点を一貫して持ち続けているところと、それを指摘する時に気に入らない奴の襟首つかんで「お前わかってねぇだろ?ああん?」みたいにならないところが好き。私は襟首掴みそうになる本心を抑えようとすると、僕たちはソーシャルビジネスで社会課題にアプローチしてます解決してますと言っている人たちに阿りそうになってしまう。自分に自信が無いから攻撃か服従かスルーの3択になってしまうのが私の悪い癖なのだけれど、考えてみればそういう人は私以外にも多いのかもしれない。日本は建設的な議論をする土壌が無いとか言われるのって、自信が無い人が多いからなのか。尊大に振る舞える自信じゃなくて、自尊心のほうの自信ね。そういえば、7~8年くらい前はtwitterをフォローして頂いていたか、時折favをもらっていた気がする。私はあの頃よりは元気です。

 

neu-zuppa.com

一つ目の記事と同じような話題について。染み入る文章だし、ちょっと元気が出た。「倫理なき知性は社会のためにならない」「誰にとって『使いやすい』存在となるのか」ほんとに。私はどうしたいか、すごく考えた。そして、自分が長年かかわってきた領域では名前の知れたNPOを1週間で辞めた時のことを少し思い出した。許せなくて泣いた時も、辞めて悔しくて泣いた時も、なんで泣いていたのかって、支援対象者である子どもたちに申し訳なくて泣いていたのだった。そういえば、この文章を書いた方にも、先日FBである方の投稿にコメントした際に、いいねを頂いていた。ありがとうございました。

 

note.mu

スモール・ハピネス、いいなぁ。これを書いたパノラマの石井さんとは、以前ちらっとお話をしたことがあるだけで、あとはずっと、なんとなくFBで交流させて頂いている。

知り合いか、知り合いの知り合いか、せいぜい2人くらいを間に入れればだいたいの関係者を網羅できてしまいそうなのが、いわゆる「ソーシャルセクター」という世界だと思う。その狭さが、何か大きな動きをしたい時に良さとして発揮されること(たとえば災害時、一般的な災害援助や復旧・復興以外にも、○○の病気を持つ人たちに必要な物を届けたいという別地域のNPOを、当該地域のNPOや関係者にすぐつなげるとか)もあれば、何かおかしいぞと思うことがあってもそれを口に出せない(でも○○さんとか何も言ってないし△△さんも一緒にやってるし…)という方向に発揮されてしまうこともある。

最近、ソーシャルセクターと言われる人たちをちょっと揺るがしている話題あれこれも、問題が起こる背景や構造にはいくつかのポイントがあると思うけれど、この「狭さ」が持つ難しさというのを、単純な話ながら感じた。でもそれって、村社会の息苦しさみたいな話そのもので、社会課題をどうにかしたいと思う人たちが志向する「つながり」って、そんなんでしたっけ?と思う。がっくりしつつも、今起こっていることに対して何らかのアクションをする人の存在も確認することができて、よかった…のか?よい方向にしていかなきゃなと思う。

 

・ぜんぜん関係ない話で、突然頭の中に降りてきたフレーズ

「でも精神科医や精神領域の支援者の書くものって嫌じゃないですか、大御所的な人は達観した感じだったり衒学的な感じがしたりするし、研究者っぽい人は緻密でカチカチした感じだし、優しそうな人はやわらくてまるい言葉ばかり。私たちの真実はそのどれにもない、どれにもないんです。いや真実なんてわからない、私たちという人間や生活や、日々のなさけなさ、圧倒的になさけなくて、でも、それでも良いこともあること、そしてまたなさけないこと、そういうのがね、無いんですよ」

私の中には「戯曲係」とでも言うか、時々こういう芝居っぽい台詞であまり自覚していない感情を穏便に伝えてくれる存在がいる。交代人格というほどでもなく、幻聴ほど外からやって来る感じではない、中から聴こえるのはわかる程度に、自分ではない言葉としてやってくる。言い終るとそれでおしまい。久しぶりに来た。治療終結したばっかりなのにそこそこ解離じゃん。

そこにあるのは人生だ、生活を見ろ、困難は困難として尊重しろ、人間を扱えということか。自分の中の当事者が、置いてきぼり禁止と言っているような気がする。