子育てって、疲れ程度で頼れる先は無いんだなと思った

保育園に通い始めた娘は、しょっちゅう風邪をひく。ちょうど母親からの免疫がなくなって感染の心配が出てくる頃に保育園生活が始まったこともあり、毎週のように色々なタイプの風邪をもらってくる。

思い返せば、5月は慣らし保育の完了まですごく時間がかかり(後追いの時期だったから、ひたすら泣いて泣いてなかなか慣れてくれなかったそう)、さっき送って行ったと思ったらもうお迎え!みたいな調子で、ワンオペ育児生活よりもかえって疲れるくらいだった。6月は毎週風邪をひいて毎週小児科に行って、最後の週は1週間まるまるお休み。多分、月の半分くらいしか登園していない…。乳児期は仕方ないのかもしれないけれど、これじゃ仕事は無理だな、早くから働かなくてはいけない人たちはどうしているんだろう、と思ってしまった。

そして困ったことに、娘が風邪をひくとどうしても私や夫も風邪をもらってしまう。高熱が出たり、咳が酷かったり、家族3人のうち常に2人以上が体調不良という状況で、私も夫もボロボロになってしまった。夫は疲労が溜まっていたところに娘の面倒を見ていて痛めたのか、椎間板ヘルニアで腰痛に苦しんでいる。私は風邪が治りきらずに咳を繰り返しているうちに、喘息になってしまった。医療費がかかって溜め息、通院の時間をやり繰りするのに一苦労、気持ちも含めてますますボロボロ…という悲しい状況が続いている。

これがずっと続くわけではない、今だけだ、そのうち娘も丈夫になってきて、こんなに大変じゃなくなるはず…そう思って乗り切ろうとは思っている。けれど、現実的に疲れもストレスも溜まっているので、なかなか前向きな気持ちにならない。

バタバタと大変な状況を繰り返してみて感じたのは、子育てというのは、ちょっと大変だったり疲れていたりする程度では、頼る先なんか無いんだなぁということだった。病児保育や市が委託している子育てサービスなどをあらためて調べたりもしたけれど、手間やコストや得られるメリットや罪悪感や、諸々を合わせて考えると、「自分がもうちょっと頑張るしかない」という結論にしかならなかった。

娘が生まれたばかりの頃は仕事の都合をつけてよく助けてくれた私の母も、仕事の忙しい時期と祖母の入院(とその後の介護の心配や諸々の準備)とが重なり余裕なし。みんな忙しいし余裕が無いんだよなと思うと、自分が疲れているなんて理由で誰かを頼ろうと考えていることが恥ずかしくなってきて、ますます人に頼る気持ちにはなれない。自分の障害が理由で保育園に入れただけ私はマシなんだと思うと、さらにさらに、人に頼る気持ちは無くなっていく。

疲れた、しんどい、つらいと思いながらも、なんとかやれているのだから、これを続けていくしかないのだろう。続けているうちに慣れていくのか、疲労で調子を崩していくのかは分からない。けれど、母親の不調を予防する意味で使えるようなリソースはなかなか無いので、私が慣れてタフになっていくことを期待しながら、ヤバくなった時のレベル別に使えるリソースを、私的なものも公的なものも全て、頭の中にリストアップだけしている。

ある程度は覚悟していたけれど、育児はやっぱり大変だし、頼れる先もなかなか無い。孤独と困難で追い詰められる人がいるのも分かる。本当によく分かる。データや事例としては頭に入っていた、子育てで追い詰められやすい状況というのも、今はなかなかリアルに想像できる。私の何倍も疲れていたり、しんどかったり、つらい思いをしている人は、山のようにいるのだろう。

綱渡りのような毎日に明るい話題を提供してくれたり、楽しいことをくれるのは、娘の存在でもある。「それでも楽しい時間も、笑っちゃうことも、たくさんあるな」そう思える時間が少しでも長く続くように、なんとか今を切り抜けていくしかないんだろうなと思っている。