働けるかな

仕事や経営に関する話を読んでいた。なるほどなーと思いながら、ふと思う。私、このあと働けるのかなーと。

はじめてアルバイトをしたのは16歳だった。近所のクリーニング屋の受付だった。当時はもうフリースクールに通っていて、高校生よりは時間の融通が利く生活だったので、週3くらいで午後2時過ぎまでバイトして、その後にフリースクールに向かうという感じだった。同じようにバイトしている子も周りに何人もいて、高校行ってないとかフリースクール通っているという説明のめんどくささは感じながらも、高校生より長い時間入れます!とか平日の昼も大丈夫です!とか、それぞれバイト先に合わせてアピールポイントを見つけて仕事に就いていた。一度経験すると「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」なんて履歴書に書けるので、バイトを転々とするたびにその内容を更新しながら、色々な仕事を経験してきた。

フルタイムの仕事もやってきたけれど、派遣だったり契約社員だったりして、いわゆる「正社員」の経験は無い。が、今日日そんな人は珍しくもないし、就活して内定もらって卒業して就職して研修やって配属先に行って…なんてのは私はもう一生経験できない。そういうルートは経験していない人として生きていくしかないので、経験活かして即戦力か、資格取って中年新人が許される職場で精進するか、そこまで気合い入れなくても平気なパートで働くかになる。だから、クリーニング屋を辞めた後に別のバイトに応募する時のように、今後も「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」のような話の20XX年バージョンで雇ってもらえるところを探すことになるのだろう。

で、問題はここからだ。果たして、一般の職場や雇用の形でやっていけるのか、ということ。

今は精神障害障害者手帳を持っているけれど、15歳になってからの20年で手帳を持っていた期間は2年ちょっとだ。なので、障害者雇用福祉的就労で働いた経験は無い。一般の職場や雇用の形で、まあなんとかやれてはいた。が、やっぱりというかなんというか、継続することが難しい。一つの職場で働いた期間で、今までの最長記録は18歳から24歳までの6年くらいだろうか。はじめはバイトで週に数日、というか仕事が多い時期と少ない時期の差が激しい職場だったので、週6日出続けることもあれば、月に2,3日しか働かないこともあった(そういう時は別のバイトや短期のバイトを組み合わせていた)。続けるうちに認めてもらって契約社員としてフルタイムで働くようになると、だんだんと調子を崩して2年も経たずに退職。調子を崩した理由は仕事だけではないにせよ、フルタイムで毎日一定した調子で働かなければいけないことは負担になっていた。忙しい時は残業代でけっこう稼いだりしていたので、仕事も大変ではあったのだけど、「毎日一定した調子で」というのが私には一番つらかったのだと思う。それに気づいたのは、だいぶ後になってのことだけれど。

次に長く続いたのは、30歳を過ぎてから働いたベンチャーでの2年くらいだ。ここでははじめの半年弱をフルタイムで働いていたのだけれど、3か月くらいで実質フルタイムじゃなくなっていた。やはり毎日一定した働き方というのが難しく、調子が良ければ人並みに働いて、その後の酒席でも社外の人に気を遣ったり…なんてことも出来るのだけれど、それが続かない。遅刻や早退や欠勤とだんだんグズグズになっていき、戦力にならない自己嫌悪で精神的にも落ち込んでいき、一度は退職することになった。が、小さなベンチャーだったので、その中で私はこれが得意だという仕事もあり、誘われてイベントのお手伝いをしたことから、在宅勤務で復帰することになった。会社から遠く離れた土地に引っ越してからもリモートワークという形で仕事を続け、1日5時間の週2日というゆっくりしたペースで働いた。そんな短い勤務時間なのに、重要な仕事を任せてもらったり、外部研修や泊りがけのミーティングに参加したり、本当に良くしてもらった。こんな柔軟さが許されたのは、手帳は無いけど自分の病気を応募段階から伝えていたからかな、と思う。

こうして書き出してみると、私は恵まれているなと思う。良い条件の仕事にありつけたり、そこで配慮してもらったりというのも勿論あるけれど、そもそも自分の生活全てをまかなったり、家族の生活費まで稼がなきゃいけないという状況ではなかった。実家暮らし、もしくは同棲か結婚で生活の心配は無かった。我ながら甘い環境で生きてきたなと思うけれど、甘くなければ破綻スレスレか死ぬかしていた。甘えられるなら甘えて生き延びないと、後で改心して恩返しすることもできない。改心はしないかもしれないけれど恩返しはしたいので、ああ、やっぱり働きたい(ただし保育園に入れたら)。

障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わり、新聞やTVなどでも「雇用された後の定着の大変さ」が伝えられるようになってきた。定着が難しいという点については精神障害者として全力で同意するところだが、なぜ定着できないのか、辞めることになってしまう経緯と背景はなんだったのかという部分は、人によってかなり差があるのではないか。ただ、もしかしたら大体の精神障害者に共通するかもしれないのが、「フルタイムで一定の調子で働くことが偉くて立派で普通で、それを出来ない人間は劣っている、そこまで言わなくても病気が重くてまだまだな人なんだ」という思い込みだ。これを精神障害者だけが感じているわけがないので、社会の多くの人々もまた、そのように思っているのではないか。

そもそも、フルタイムで一定の調子で働くことができるなら精神障害者と呼ぶような状態ではない気もする。障害者雇用に関して理解や取組み実績のある企業であれば、ここが壁になることは分かっているだろう。しかしフルタイムで安定して働くことが目指すべき状態となっていたり、通常のモデルとされている環境であれば、障害者のほうもそれを目指してしまう。少しずつ慣れていきましょうとか、無理せず段階的にと言われたって、頑張らなきゃと意気込んでいれば無理をしてしまう。結果、続かないなんてことになる。

無理せず段階的にとか、調子に合わせて多少柔軟にやっていきましょうと言うなら、たぶん、社内の他の人たちもそのように働いていたほうがいいのだ。育児や介護中だから時短で、というのはそれなりに制度化もされてきているようだ。でも、そういった制度や取り決めじゃなくても、通院で一時抜けますとか(がんや慢性疾患の人だっている)、切り替えのために30分だけ休憩させてくださいとか(一般雇用でやっていけるレベルだけど発達障害という人だっている)、しんどいから会社の周り一周してきて戻ってきていいですかとか(障害や病気がなくても色々しんどいですよね)、そういうことが出来ればいいのにと思う。1日8時間を週5日、決められた休憩以外は1分の隙も無くみっちり働き続けなければいけない状況は、きっと誰でも苦しい。仕事大好きで苦にならないなんて人は、何かしらの裁量が高い仕事をしているから、苦にならないか、適宜どこかで息抜きができるだけなんじゃないか。

事情を抱えた人ほど、誰かの管理の下で裁量度の低い、隙無くみっちりな仕事をすることになりやすい。周囲のフルタイムで全力で働く人たちを横目に見ながら「配慮して頂く」状況というのは、申し訳なく居心地が悪いものだ。だから、みんながそれぞれの事情で隙ありな労働ができれば、精神障害者の働き方も定着に向かいやすいものになっていくのではないか。

ゆっくりしたペースで働けていたベンチャーは、ソーシャルビジネス系の会社だった。だから理解があったという部分もあるが、働くうえで私が一番安心できたのは、上司も含めメンバーそれぞれが事情を抱えていて、体調不良や通院での遅刻や早退が「だらしない」と思われたりしない雰囲気があったことだ。働く中でそれぞれの事情を知ることになり、「みんな色々抱えながら仕事しているんだな」と実感できたことは、私自身にも大きな収穫だった。(そしてこの会社は熊本にあるので、2年前の熊本地震の際は、みんなが事情どころじゃない事情に見舞われることになった)

話が大きくなりそうなのでこの辺でおしまいにする。そして障害者の中にも、毎日決まった時間にフルで働く方が安定につながる人、フルタイム分の給与が必要でそれを目指したい人がいることも書いておく。でもねー、もうちょっと柔軟なやり方が広がってくれば、私も働けるかなって、そう思うんだけれど。