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公共性と参加の話

中卒31歳ですが、通信制大学の特修生という制度を使って勉強をはじめました。楽しいです。このカテゴリでは、勉強しながらあれこれ思い浮かんだことを書いていこうと思います。忘れないうちに。

 

社会学をやっていたら、ハーバーマスの名前が出てきて思い出した話。

 

春に義理の父が亡くなった後のこと。義父は研究者をやっていた人だったので、大量にある本を整理するため、義母と夫と私で、とりあえずどんな本がどれだけ残されているのかと大学の研究室を訪れました。

 

基本的に3人とも本が好きだし、いかにも義父の蔵書だなというテーマ(哲学とか社会学とか)も好きなので、いつの間にか「自分の手元に残したい本を選ぶための立ち読み大会」になりました。「これは私もらうわ」「俺これ持ってくよ」などと選定作業をしていたら、ふと夫が「あ、そっか」と何かに納得したようなつぶやきをしました。その時に彼が手にしていたのがハーバーマスの本。

 

まず、それを思い出したのがひとつ。ああ、義父の本、もっともらっておけばよかったかもしれないとか、そんなことも思いつつ。

 

その後、夫に「何が『あ、そっか』だったの?」と聞きました。その時住んでいた熊本をドライブしていて、たしか長洲町あたりを走っている時のことです。ハーバーマスのこと知ってる?と聞かれたので、名前しか聞いたことないと私。すると夫が、「この人は、昔のヨーロッパのカフェとかで立場関係なくいろいろな人が議論できるようなのを、いいじゃん理想じゃん公共性じゃんみたいに言ってた人でー…」と説明。「それが、あ、コワーキングスペースってこういう感じなのかなと思ったから、あ、そっかって」。

 

私たち、そんなにたくさんのコワーキングスペースに行ったことがあるわけではないのですが、たまたま今住んでいる上田市コワーキングスペースと関わりがあって、以前上田に住んでいた時からたまに訪れてました。そこはわりと業種も年齢も関係なくいろんな人が来るところで、若くてシャレオツな横文字職業の人しかいない、という場所ではないので、ああ、確かにそういうところはあるのかもねー、なんて話をしました。これが思い出したこと2つめ。

 

その後はもう話がそれて、「みんなが自由に議論できる場がある公共性って言ったってさ、みんなが議論が得意なわけじゃないし、話すことに困難を抱えてる人とか、参加することができない人のことはどうすんだろうね」みたいな話を、二人でぽつぽつしていました。私たちは自己責任論とか個人に背負わせる話が好きじゃないので、どうしてもそういう、参加出来ない状況の人はどうするのかという話になります。あと、そもそも参加したくない人はどうすんだ、とか。

 

そんな話をして、長洲町から荒尾市に入ったでしょうか。これが思い出したこと3つめ。

 

公共性とか、もっとざっくりしたコミュニティとか地域とかの話でもいいんですが、こういう分野って、参加できる人・できない人の問題をどう考えているものなんでしょうね。いつも気になってモヤモヤしつつも、論じてるものに出会えていません。私の探し方がダメな可能性も高いので、そのうち行きあたるかもしれないのですが。

 

こうやってあれこれ思い出して考え事をしながら勉強するので、いつも進みが遅いです。でも、引っ掛かることは大事にしておいたほうがいい気がして、今日から書き残しておくことにしました。おわり。