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映画『過ぐる日のやまねこ』を観ました

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映画『過ぐる日のやまねこ』を先月観てきました。

 

ロケ地が今住んでいる上田市だということ、さらに地元の真田町というエリアでもたくさん撮影が行われたということ、地元の古い映画館である上田映劇で久しぶりのロードショーだということ、そうそう監督も上田市出身の方、こんな理由から観に行きました。なので、実は純粋に映画に興味を持って足を運んだという感じでもなかった。

 

結果、観てよかったです。すごく好きな映画でした。

 

予告編を観た段階で、私が好みの感じかもしれないぞ、とは思っていました。画面に広がる木々の緑の色合い、日なたと影のコントラストがちょっと強いところ、俳優さんたちの演技の加減……。そこから感じたのはプラスの感情だけではない世界観だったので、あ、好きかも、と思ったのでした。

 

傷と記憶と回復の話でした。

それぞれに傷を抱えた若者が出会い、向き合いづらい記憶を辿り、痛みを伴いながらも回復していく。地方の田舎町が舞台だけれど、別に田舎を礼賛しているわけではない。逆に閉塞感の象徴で終わっているわけでもない。便利な舞台装置としての田舎ではなく、良いも悪いもひっくるめて、長年人の営みが続いてきた生活の場としての田舎が描かれていました。

 

実は、「都会で傷ついた若者が、田舎で人と触れあって再生していく、みたいな物語だったら嫌だなぁ」と思っていました。でも、そんな単純な話ではなかった。もっと面倒くさい感情や、どうにもならない生き方みたいな部分を描いていて、いつの間にか当初の心配なんか忘れて物語に没入していました。

 

たぶん、傷とか記憶の厄介さとか、そういうものを抱えている人に特に刺さる話なんだと思います。回復の過程で出会う誰かの優しさや正しさが、時に暴力的であることも描かれている。しかも、自己陶酔で終わらないで、ちゃんと観た側を日常に帰してくれる。

 

上映していた上田映劇はとても趣のある古い映画館で、上映が終わって頭上の格天井を見つめて、レトロなドアを開けるところまでが、私にとっての『過ぐる日のやまねこ』でした。ドアを開けた瞬間、たまたま仲の良い知り合いが二人ロビーにいたのが目に入って、「あ!どうもー」と言った時、私は私の日常に帰るな…と、スッと切り替えられたんです。その帰り方がまた映画の内容に合致しているようで、なんだか稀有な映画体験をしたなぁと、大満足だったのでした。

 

上田映劇では10月16日までの上映、その後は順次、全国で公開するようです。