働けるかな

仕事や経営に関する話を読んでいた。なるほどなーと思いながら、ふと思う。私、このあと働けるのかなーと。

はじめてアルバイトをしたのは16歳だった。近所のクリーニング屋の受付だった。当時はもうフリースクールに通っていて、高校生よりは時間の融通が利く生活だったので、週3くらいで午後2時過ぎまでバイトして、その後にフリースクールに向かうという感じだった。同じようにバイトしている子も周りに何人もいて、高校行ってないとかフリースクール通っているという説明のめんどくささは感じながらも、高校生より長い時間入れます!とか平日の昼も大丈夫です!とか、それぞれバイト先に合わせてアピールポイントを見つけて仕事に就いていた。一度経験すると「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」なんて履歴書に書けるので、バイトを転々とするたびにその内容を更新しながら、色々な仕事を経験してきた。

フルタイムの仕事もやってきたけれど、派遣だったり契約社員だったりして、いわゆる「正社員」の経験は無い。が、今日日そんな人は珍しくもないし、就活して内定もらって卒業して就職して研修やって配属先に行って…なんてのは私はもう一生経験できない。そういうルートは経験していない人として生きていくしかないので、経験活かして即戦力か、資格取って中年新人が許される職場で精進するか、そこまで気合い入れなくても平気なパートで働くかになる。だから、クリーニング屋を辞めた後に別のバイトに応募する時のように、今後も「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」のような話の20XX年バージョンで雇ってもらえるところを探すことになるのだろう。

で、問題はここからだ。果たして、一般の職場や雇用の形でやっていけるのか、ということ。

今は精神障害障害者手帳を持っているけれど、15歳になってからの20年で手帳を持っていた期間は2年ちょっとだ。なので、障害者雇用福祉的就労で働いた経験は無い。一般の職場や雇用の形で、まあなんとかやれてはいた。が、やっぱりというかなんというか、継続することが難しい。一つの職場で働いた期間で、今までの最長記録は18歳から24歳までの6年くらいだろうか。はじめはバイトで週に数日、というか仕事が多い時期と少ない時期の差が激しい職場だったので、週6日出続けることもあれば、月に2,3日しか働かないこともあった(そういう時は別のバイトや短期のバイトを組み合わせていた)。続けるうちに認めてもらって契約社員としてフルタイムで働くようになると、だんだんと調子を崩して2年も経たずに退職。調子を崩した理由は仕事だけではないにせよ、フルタイムで毎日一定した調子で働かなければいけないことは負担になっていた。忙しい時は残業代でけっこう稼いだりしていたので、仕事も大変ではあったのだけど、「毎日一定した調子で」というのが私には一番つらかったのだと思う。それに気づいたのは、だいぶ後になってのことだけれど。

次に長く続いたのは、30歳を過ぎてから働いたベンチャーでの2年くらいだ。ここでははじめの半年弱をフルタイムで働いていたのだけれど、3か月くらいで実質フルタイムじゃなくなっていた。やはり毎日一定した働き方というのが難しく、調子が良ければ人並みに働いて、その後の酒席でも社外の人に気を遣ったり…なんてことも出来るのだけれど、それが続かない。遅刻や早退や欠勤とだんだんグズグズになっていき、戦力にならない自己嫌悪で精神的にも落ち込んでいき、一度は退職することになった。が、小さなベンチャーだったので、その中で私はこれが得意だという仕事もあり、誘われてイベントのお手伝いをしたことから、在宅勤務で復帰することになった。会社から遠く離れた土地に引っ越してからもリモートワークという形で仕事を続け、1日5時間の週2日というゆっくりしたペースで働いた。そんな短い勤務時間なのに、重要な仕事を任せてもらったり、外部研修や泊りがけのミーティングに参加したり、本当に良くしてもらった。こんな柔軟さが許されたのは、手帳は無いけど自分の病気を応募段階から伝えていたからかな、と思う。

こうして書き出してみると、私は恵まれているなと思う。良い条件の仕事にありつけたり、そこで配慮してもらったりというのも勿論あるけれど、そもそも自分の生活全てをまかなったり、家族の生活費まで稼がなきゃいけないという状況ではなかった。実家暮らし、もしくは同棲か結婚で生活の心配は無かった。我ながら甘い環境で生きてきたなと思うけれど、甘くなければ破綻スレスレか死ぬかしていた。甘えられるなら甘えて生き延びないと、後で改心して恩返しすることもできない。改心はしないかもしれないけれど恩返しはしたいので、ああ、やっぱり働きたい(ただし保育園に入れたら)。

障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わり、新聞やTVなどでも「雇用された後の定着の大変さ」が伝えられるようになってきた。定着が難しいという点については精神障害者として全力で同意するところだが、なぜ定着できないのか、辞めることになってしまう経緯と背景はなんだったのかという部分は、人によってかなり差があるのではないか。ただ、もしかしたら大体の精神障害者に共通するかもしれないのが、「フルタイムで一定の調子で働くことが偉くて立派で普通で、それを出来ない人間は劣っている、そこまで言わなくても病気が重くてまだまだな人なんだ」という思い込みだ。これを精神障害者だけが感じているわけがないので、社会の多くの人々もまた、そのように思っているのではないか。

そもそも、フルタイムで一定の調子で働くことができるなら精神障害者と呼ぶような状態ではない気もする。障害者雇用に関して理解や取組み実績のある企業であれば、ここが壁になることは分かっているだろう。しかしフルタイムで安定して働くことが目指すべき状態となっていたり、通常のモデルとされている環境であれば、障害者のほうもそれを目指してしまう。少しずつ慣れていきましょうとか、無理せず段階的にと言われたって、頑張らなきゃと意気込んでいれば無理をしてしまう。結果、続かないなんてことになる。

無理せず段階的にとか、調子に合わせて多少柔軟にやっていきましょうと言うなら、たぶん、社内の他の人たちもそのように働いていたほうがいいのだ。育児や介護中だから時短で、というのはそれなりに制度化もされてきているようだ。でも、そういった制度や取り決めじゃなくても、通院で一時抜けますとか(がんや慢性疾患の人だっている)、切り替えのために30分だけ休憩させてくださいとか(一般雇用でやっていけるレベルだけど発達障害という人だっている)、しんどいから会社の周り一周してきて戻ってきていいですかとか(障害や病気がなくても色々しんどいですよね)、そういうことが出来ればいいのにと思う。1日8時間を週5日、決められた休憩以外は1分の隙も無くみっちり働き続けなければいけない状況は、きっと誰でも苦しい。仕事大好きで苦にならないなんて人は、何かしらの裁量が高い仕事をしているから、苦にならないか、適宜どこかで息抜きができるだけなんじゃないか。

事情を抱えた人ほど、誰かの管理の下で裁量度の低い、隙無くみっちりな仕事をすることになりやすい。周囲のフルタイムで全力で働く人たちを横目に見ながら「配慮して頂く」状況というのは、申し訳なく居心地が悪いものだ。だから、みんながそれぞれの事情で隙ありな労働ができれば、精神障害者の働き方も定着に向かいやすいものになっていくのではないか。

ゆっくりしたペースで働けていたベンチャーは、ソーシャルビジネス系の会社だった。だから理解があったという部分もあるが、働くうえで私が一番安心できたのは、上司も含めメンバーそれぞれが事情を抱えていて、体調不良や通院での遅刻や早退が「だらしない」と思われたりしない雰囲気があったことだ。働く中でそれぞれの事情を知ることになり、「みんな色々抱えながら仕事しているんだな」と実感できたことは、私自身にも大きな収穫だった。(そしてこの会社は熊本にあるので、2年前の熊本地震の際は、みんなが事情どころじゃない事情に見舞われることになった)

話が大きくなりそうなのでこの辺でおしまいにする。そして障害者の中にも、毎日決まった時間にフルで働く方が安定につながる人、フルタイム分の給与が必要でそれを目指したい人がいることも書いておく。でもねー、もうちょっと柔軟なやり方が広がってくれば、私も働けるかなって、そう思うんだけれど。

心や感情に悩む母親たちの自助グループをやりたいと思った話

私は精神疾患を抱えながら日々を暮らしている。昨年の夏に子どもが生まれ、おおむね楽しく生活はしているものの、育児や家事の忙しさからストレスも溜まるし、軽快していた病状も産後また不安定になった。「初めての育児はみんな大変だし、みんなめちゃくちゃになりながらやっているから」「平日にワンオペで家事まで手が回らないのは当然だよ」「産後はホルモンバランスも崩れるし、体調がちゃんと戻るにも時間がかかるし、誰だって不安定になったり、産後うつっぽくなる時はあるよ」……そうやって優しく声を掛けてくれる人は沢山いる。Twitterなんかやっていても、乳児を抱えて大変な状況にある母親を力づける言葉は、沢山読むことができる。

だけど、正直なところ、どこか自分にはしっくりこない気がすることも多い。元々低い自己肯定感や自責的な傾向があるからこそ心の病気になっているし、病気だということで更に、自分は弱くてダメなんだろうなという認識を深めてしまっている。「めちゃくちゃになりながらでもやってる人は偉い。私はどうしても体が動かなくて他人の手を借りないとどうしようもない時もあった」「ワンオペって言えるほどワンオペでやれていない」「元々健康だった人と違って自分は病気で変だから、普通の落ち込みや産後うつとも違って、もっとダメで病的」などと考えてしまうのだ。

育児あるあるも、ワンオペ育児の愚痴も、遠い。自分はそういう話で盛り上がる資格はない人間だと思ってしまう。元々理解してもらいにくい病気のまま母親になったから、一般的に理解しやすい心情の延長線上にある不調として、自分の心や感情を語れない。

ひどく孤独だ……そう思いながら数か月の育児生活を乗り切る中で、いつしか「同じように心の病気や感情の難しさに悩んでいる母親たちの、自助グループをやりたいなぁ」と思うようになった。私は昔、依存症専門の病院に入院したことがあり、そこでは一般的な依存症(アルコール依存や薬物依存)の自助グループの他にも、摂食障害や感情の問題を抱える人向けのグループなどがあった。同じ立場の人同士で、安心して自分の話をし、誰かの話を聞くことは、私がひどい病状から回復するきっかけをつかむ大きな出来事だった。ああいう場がまた、自分には必要だし、同じように必要としている人もいるかもしれない。

そして、この思いを現実にしたいと考える大きなきっかけが、ここ1か月程立て続けにあった。

まず、保育園に落ちた。私は現在、仕事についていない専業主婦だけれど、保育園は働いている母親以外にも、病気や障害を理由として入所することも可能だ。精神疾患があると、産後に何度か保健師さんが自宅を訪問してくれるのだが、その時にも保育園を利用しながらやっていくことをすすめられた。自分の知識としても、保育園は児童福祉だという認識があったので、どこかしらには入れるのではないかという期待をこめて、申し込みをした。けれど、落ちてしまった。(ちなみに体調不良でぼけっとしていたこともあり、一次選考の申し込みには間に合わず、二次にしか出せていない。こういうやらかしがあったり、自分で申請することが難しいのが病気や障害なんだと思うけれど、あまりフォローが無いのが実態)

落ちてしまったことがショックで、必死で役所に問い合わせをしたり、自分で調べたりした。そして分かったのが、現在住んでいるさいたま市は、障害が理由でも精神障害者手帳3級だと育休中の人よりも点数が低くなってしまうこと、病気で6か月以上通院している状態の人でも同じく点数が低くなってしまうこと。育休中でも第一子でその他の加点がない場合は落ちてしまうこともあるのに(だからみんな必死で保活をする)、病気や障害の人が自身の状況を理由に保育園に子どもを預けるのは、かなり厳しそうだ。児童福祉の制度でやっている福祉施設なのに、虐待防止が盛んに言われているのに、大都市圏の保活が厳しい自治体ではこんなもんなんだと、愕然とした。

調べていく中で、自治体によっては精神疾患のある状態を重く見て、点数をフルタイム育休並みにしたり、加点をしているところもあると分かった。ただ、東京通勤圏で子育て世代の人口流入が増加している自治体は、辛い点数のところが多い。働く母親のニーズだって大事だし、その人たちもみんな困っている。だから状況の異なる母親同士で憎み合うようなことは絶対にしたくない。けれど、「精神3級や通院を続けているレベルの人は、自分で頑張るか親を頼るか自費でどこかに預けるかしてください」と言われているようで、ショックだし悲しい。精神障害者手帳を取るのだって、通院を続けているから手助けが欲しいと言うのだって、相当な覚悟が要ることなのに。

0歳で点数が足りなくて入れなければ、1歳はもっと絶望的だ。ショックと疲れでたまらなくなって、体調も悪くて、でも代わりに子どもを見てくれる支援なんかほとんど無くて(無くはないけど使い勝手もよくないし、お金もばかにならない)。追い込まれた私は一度だけ、児童相談所に電話をした。対応した職員の人は、泣きながら話す私の言葉をゆっくり丁寧に聞いてくれたけれど、児相は保育園の問題をどうすることもできない。分かってはいたけれど、今まで何度も保健師さんから説明を受けた市の支援サービスについて案内されるうちに、心が冷めていき、涙も止まった。そして、「本当につらいとなったら施設や里親さんに一度預けて頂くということになります」と案内され、ああ、私もそうやって案内されちゃう立場なんだ、調子が安定してる時は対人援助の支援者やってるのになぁと、なんだか笑えてきてしまった。そこから先は、職員の人の受け答えのテクニカルな部分について考えながら、あまり話に集中していなかった。だって、私が頑張るか、家族・親類を頼るか、自費でどこかに預けるか、施設しかないのだ。

「追い込まれる人たちは、家族・親類も頼れないし、お金も無いから困ってるのにね、危うい"私"を頼るしか無くて、日々が綱渡り、だから渡れなくなる人もいて、次に出会う時はもっと悪い状態で出会うんでしょ」そんなことを考えながら、電話を切ったように思う。そして今週、担当の保健師さんから電話があり何の話だろうと思ったら、今年は相当に保育園の状況が厳しかったらしく、私と同じように入れなかった人たちに、保健師さん達が総出で状況を聞く電話をかけているらしい。

長々と書いてしまったけれど、要約すると「孤独だし助けてほしい」ということになる。そして、公的な助けが望めないなら、せめて孤独だけは癒しながら、毎日の疲れと傷に手当てできるように、自助の場を持てたらいい。誰かが用意してくれるものではないなら、ほんの少しでもアイデアや余裕のある人たちで、なんとかやっていく道を探したいんですよ、私は。

娘はスヤスヤお昼寝している。ずっとじゃなくていいから、笑顔で、少しの余裕を持ちながら、子どもと向き合っていきたいのに。

「私」の分断

分断されている、というのは、良い意味では言わない。それが国際的な問題なら、「世界が分断されている」と言う。国内の社会問題であれば、「社会が分断へと向かうことを懸念する」なんて言う。

でも、分断というなら、個人の中でだって起こっていることだよなぁと思う。たとえば、Twitterのアカウントをいくつも使い分けてそれぞれに合った内容のつぶやきをしているのが日常、とか。

私は、解離性同一性障害という病気を抱えて生きてきたので、一人の個人なのに、まるで別人のような人格や状態というものを、病的なレベルで複数抱えている。最近はそれらが害をなしたり、私や周囲の人に不都合になるような派手な振る舞いをすることはほぼ無くなった。(だから厳密に診断基準を適用すれば、解離性障害ではあっても、もう解離性同一性障害ではない。と思う。)

で、そんな私なので、複数アカウントの使い分けのようなことをやってしまうと、元々持っているバラバラになりやすい性質が勢いづいて、病状が悪化してしまう。だから、育児垢では子どもとの日常や家事育児がのしかかる生活の愚痴をつぶやいて、趣味アカでは推しへの愛をダダ漏れにさせてヲタっぷりを満喫し、真面目な話もする本垢では政治的な話や立ち位置が問われるような話題にも言及して…なんてことはやらない。自分の健康のために出来ないというほうが近いかもしれない。

 

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さらっと病名を書いてしまったので、一応解説。

解離という心の機能は健康な人にもある。例えば、車の運転中に突然のゲリラ豪雨に見舞われて、かなり慎重に、集中して運転しないと危険な状況になったとする。そんな時に、内心は怖かったり慌てているはずなのに、どこかでそんな自分を冷静に見ながら運転に集中し、そうするうちに周りの物音が気にならなくなって、気がついたら豪雨は普通の大雨のレベルにまで落ち着いてきた。あれ、意外と早くこんな所まで来たな、そうそう、ラジオつけっぱなしなのに聴こえなかったな、雨の音がひどかったからかな……これはたぶん解離だ。医者じゃないから間違ってるかもしれないけど。

病気のレベルの解離の人たちは、つらい出来事やショックな出来事に遭遇した時、こうやってぼんやりしながらその状況を生き延び、自分の心が動揺しすぎて壊れるのを防ぐことを覚える。そして、つらい出来事やショックな出来事が何度も続くと、それが癖になる。癖になるうちに、ちょっとした言い争いをしたとか、勉強や仕事でミスをして心がざわついたとか、そういうことがあるたびに解離するようになる。

解離の程度を重くしないと耐えられない出来事に見舞われた人は、ぼんやりするだけでは足りず、これは別の人間に起きた出来事だと処理して生きていくようになる。これも癖になると、心の負荷を避けるために、別の人間が増えていく。心の負荷というのは、何も自分が被害を受けることだけではなく、親しい人とケンカするとか、厳しいことを話し合わなきゃいけないとか、そういう場面でも発生する。解離が重い人は、こういう気のすすまない作業も別の人間として担うようになったりするので、まとまりのある一人の人間として責任ある行動を出来ないことがある。その事実がまた情けなく、重く、解離していく……私はこのパターンだ。

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長々と自分の病気の特徴を書いたのは、私は一人の人間として自分のいろいろな面や感情をそのまま引き受け、時には適当に流し、そんなに単純でも簡単でもない一人の私として生きていきたいと思っている、ということを説明するためだ。で、TwitterなどSNSのアカウントを複数使い分けることは、本当はこうありたいという自分の希望の姿とかけ離れていくことになりそうで、話題が雑多なのに分けていないのには、理由があるんですよ、ということ。

私は、最近目につく人々の傾向を単純に病気に例えて説明する、みたいなことが好きではない。だから、複数垢使い分けという病理、なんて言いたいわけではない。使い分けるには理由があるんだし、人それぞれの事情もあるはずだ。○○な病理を抱える現代人はダメな人と言いたいのではなく、みんな気を遣ったり遠慮したり大変なわけだよね……と思っている。そうしないとやっていけない怖さとか、切実さが、使い分けている人たちにはあると思うのだ。

「この絵師さんどストライクな絵を上げてくれるからほんと好きなんだけど、たまにちょっと考え方とか合わないなと思うことがあって、本垢で相互フォローの○○さんのツイートとか一緒に流れてくると、自分の違和感思い出しちゃってつらい」「まじで乳児と二人きりのワンオペ育児生活きついし、愚痴とかちょっと嬉しいこととかその都度つぶやかないとメンタルもたない。けど、本垢のフォロワーさん子持ちばっかりじゃないし、相互フォローの人もいろんな状況の人いるから、あんまり育児ネタ増えると嫌じゃないかなと心配」「最近また病み度上がってきてつらいって言いたくなるけど、病み垢以外ではやっぱり言うの無理。だって、見たくないでしょ、つらいって」

多分、みんな、こういうことを考えながら複数の自分を運用している。好き好んで分けているんじゃなくて、仕方なく分かれていく。こういうのも、分断されてるって言うんじゃないかと私は思う。その人がその人を分断するんじゃなくて、誰かに言われたわけでもないんだけど、でも外側から分けることを求められているような、そんな分断。

納得ずくで使い分けている人もいるのだろう。でも、どこか仕方なくそうしている人もいるのだろう。その仕方なくを、「いや強制じゃないし個人の意思で選択してやってることだから別にいいんじゃない」としてしまうと、何かを見落とすような気がしてならない。考えすぎなのかもしれないけれど、「私」の分断を今も上手くまとめられない私は、なんだか気になってしまうのだ。

あまり頑張らないで書く、とりあえず書く

子どもが生まれてから更新していなかったのですが、多少余裕が出てきたので書くことにしました。

 

いざ何か書こうと思うと構えてしまって、どうもいけない。ちゃんとしたものを書かなければ、ただの日記だとしても何かしら読むべきところのある文章を書かなければ、という鎖を外したい。なので、とりあえず書く。つまらなくて結構。読みづらくて結構。ためにならなくて結構。

 

昨年の夏に生まれてきたのは、体ががっしりしていて泣き声の大きい娘だった。そのまま成長している。ぷくぷくに肉付きが良い赤ちゃんともまた違って、なんとなく大きい子だな、という感じの見た目だ。実際、身長は成長曲線よりも高い。体が大きいから、声もよく通るし響くタイプの声で、外で泣かれるとかなり目立つ。動くのがとても好きで、寝返りでコロコロ移動したり腹ばいで回転したり、ずっと運動している。私はあまり活発なタイプではないので、ああ私とは別の人間なんだなということを、常に実感させてくれる。

 

日々が慌ただしく過ぎていくばかりで、時間の流れが速くなった。精神疾患が持病なわりには、育児と最低限の家事はなんとかこなしている。しんどくなって夫や実母に仕事を抜けて助けてもらうこともあるけれど、破綻しないうちにSOSを出しながら日々を乗り切るスキルはついてきたようだ。精神障害を抱えながらの育児やママ業についても、ぼちぼち書き留めておきたいと思っている。

 

大学の勉強も、時間が無いと愚痴を言いながらも程々にやっている。勉強日記も、やっぱり書きたい。

 

こうして書いてみると案外楽しく充実した生活をしているし、出来ていることも多いのかもしれない。自分を慰めるためにも、やっぱり、とりあえず書こう。

変わりそうであまり変わらない、でも少し変わっていく自分

辛そうで辛くない少し辛いラー油みたいなタイトルになってしまった。

 

昨年末に、妊娠していることがわかった。積極的に望んでバッチリ計画的に妊娠したわけではない。精神科で処方されるような薬はもう飲んでいなかったし、調子も昔に比べたらかなり安定していたけれど、「そろそろ子どもが欲しい」と考えたわけではなかった。そうなったらそうなったで、それも有りかくらいに思っていたら、妊娠がわかった。仕事のことでえらく落ち込んだりした後だったので、ちょっと嬉しい思いもあった。自分としては、「嬉しい」ということが意外なような、当然なような、不思議な気持ちだった。

 

子ども時代にしんどい思いをしていたり、精神疾患があるとかメンタルの部分に不調や不安があるとか、そういう人の中には、子どもを持つことについて慎重な考えの人が少なくないと思う。私もまさにそれで、子どもを産み育てることへの憧れとか希望みたいなものが、ものすごく希薄な状態で生きてきた。まず想像がつかなかったし、「虐待しちゃったらどうしよう…そこまでいかなくても自分のせいで子の気持ちを傷付けたらどうしよう」「私なんか精神の方も体の方も調子悪いのに、その性質を引き継がせちゃったらどうしよう」「何も問題なく健康に産まれてくると限らないんだから、病気や障害があったとして育児やケアの負担に耐えられるだろうか」「特に問題なく健康だったとしても、人より色々弱いんだから産後うつとか大丈夫だろうか」等々、考え始めるとキリが無い。自分が大変な思いをすることよりも、それにより子どもにマイナスの影響を与えるというのが、本当に嫌だったのだ。

 

考えるほどに嫌になってくるし自己嫌悪スパイラルに突入してしまうので、あえて考えないようにして生活してきたというのが正しいだろう。考えていなかったのだから、憧れや希望以前の話だったのだ。

 

ところが、産婦人科を受診して妊娠がわかり、あの白黒のエコー画面を見つめると、不思議なことに嬉しかった。これまでに想像しまくってきた嫌なイメージが、咄嗟には湧いてこない。ああ、嬉しいものなんだと気付くと、そう素直に反応できた自分についても嬉しいという、めんどくさい嬉しさなのが、少しおかしかった。

 

受診した産婦人科クリニックは不妊治療も手掛けるところで、みんなが受付で母子手帳を取り出すような場所ではなかった。だから、もらったエコー写真は診察室を出る前にバッグにしまい、これと言って特徴の無い表情をしながら待合室に戻り、静かに会計を終えて、外に出た。たまたま夫の仕事が休みの日だったので、車で迎えに来てもらうために連絡をし、冬の冷たい空気を吸い込みながら、考え事をした。病院なので何人も人が行き来する。私より若い女性も年上の女性もいるし、それぞれの理由でここに来ているのだろう。少し離れたところでタバコを吸いながら遠くを見ている男性は、さっきまでクリニックにいた人だ。不妊治療をしているところだから、男性も来るよなぁ。きっとみんな、色々ある。そんなことを考えながら、夫の車を待つ。そして、あれこれ考え事をする自分が、妊娠がわかる前の自分と同じ自分なのだと気付いた。

 

これからの自分には、妊婦とかプレママとか、呼称はともかく今までにはなかったラベルやカテゴリーが付いてまわるようになる。産後ならママとか母親になり、その期間は長い。新しいラベルの持つ重さを考えると、どうも構えてしまいがちだけれど、自分の根本的な部分は特に変わらないのかもしれないなと気付くと、あまり仰々しい捉え方をする必要は無いのだろうと思った。もちろん、様々な経験がもたらす変化はあるだろうけれど、何か見知らぬ別の自分に成り代わるわけではなく、頼りなく惑う自分も案外図太い自分も、そのまま持ちながら少し変わっていくのだろう。到着した車に乗り込み、そんなことを考えながら待っていたよと夫に告げると、「そっかそっか」と夫も穏やかに話を聞いていた。

 

あれから5か月が過ぎ、体調の面でそれなりに苦労しながらも、変わりそうであまり変わらない、微妙な感じの自分を経験し続けている。

 

母親という存在であることに纏わりつく重さは、外側からやってくるものと内側からやってくるものがある。外側からやってくる社会的な要請やその重圧については、分析して批判的に考えることが出来るし、変えられないとしても気持ちの面での対処はしやすい。厄介なのは内側からやってくるものだ。自分自身がとらわれている様々なべき論や複雑な感情というのは、私のこれまでの個人的な体験に紐付けされているので、他者と共有しづらい。きっと、これからも苦労しながら向き合ったり、時にやり過ごしたりしていくことになるのだろう。

 

身体も精神もどっちも不調だと思っていたら、妊娠出産についてもその後の育児についても、しっかりハイリスクな方に区分されてしまった。でも、そのおかげで医療をはじめとしたサポートには、今のところ恵まれている。「はーー勉強になるなー」と思いながらも自分でも苦労するという点で、やっぱり私は変わらない。自分と子どもと夫の生活を良いものにしていくために変わっていくのは歓迎なので、その変化を楽しみたいと、今はそう考えている。

2017/2/17の備忘録

落ち込んだりバタバタしたり落ち込んだり忙しかったりして、なかなかブログを書けないのが悲しい。続かないことに落胆してやめたくなるという、馬鹿みたいな癖を直したいので、間が空いても続けたい。続ければ、続かないことに落胆もしなくなる。

 

以下、メモ的に。

 

・最近、SNS上で「ソーシャルワークとは?」というような話題を何度か見かけた。大学教員の方や社会福祉の現場に出ている方が議論の中心だったので、亀の歩みで勉強を始めたばかりの私は「へぇー」と読むくらいしかできない。が、過去に困って誰かに助けてほしかった当事者の私がついつい出てきてしまい、お呼びじゃないのは分かっていても余計なことを言いたくなってしまう。というか、一回だけ言った。「相談したかった時にはソーシャルワーカーに会えませんでした。姿が見えない」と。恨み言が出てくる私は修行が足りない。

 

・そしてこう思った。姿が見えない(存在すらよく知らない)、顔が見えない(いることは知っていても、紹介もしてもらえないし自分が相談していいとも思えない)、そう思ってきたものになろうとしている私は、一体何になりたいんだろうと。

 

・時を同じくして、私と一緒に通信制で勉強中の夫が「ここまでして取りたい資格だろうか、社会福祉士…」とこぼしたことがあった。夫もまた、仕事を通じて会ったことはあるけど、それ以外の生活で出会ったことは無さそうだ。ソーシャルワークソーシャルワーカー、なんでしょう。もっと勉強を重ねて見えてくればいいなと思う。

 

・またしばらくバタバタした時間が続く。それが落ち着いたら、もう少し、書いてみたいことを書けるようにしたい。

「長野県子どもを性被害から守るための条例(仮称)骨子(案)」に意見を送りました

パブリックコメント的なことをしました。

これです↓

「長野県子どもを性被害から守るための条例(仮称)骨子(案)」へのご意見を募集します/長野県

 

長野県は全国で唯一、青少年健全育成条例のようなものがない自治体で、これまでは住民運動(県民運動と呼ぶ)や関連する事業者の自主規制、あとは啓発活動などで青少年の健全育成をやっていました。ちなみにこういった条例が扱うのは、「18歳未満への淫行は処罰の対象ですよ」とか「深夜外出はダメですよ。店とかも注意しろよ」とか「有害図書ダメですよ」とか、そういった内容。

 

条例は作らず地域ぐるみで取り組むこととしてやってきた、長野県の青少年健全育成。これは素晴らしいことだと思いますし、実際に有害自販機を減らす働きかけなどでは、成果を挙げてきたそうです。しばらく空き家だったところを借りている我が家の玄関にも貼ってあります、「有害自販機NO宣言!!」のステッカー。

 

ですが時代の移り変わりもあり、ネット経由で悪い大人と知り合いになった子どもが性暴力の被害に遭うなど、従来のやり方では対処できない問題が増えてきた…というのが上の条例を作る動きに。特徴的なのは、健全育成という言葉を使わず、また有害図書規定などは設けず、子どもの性被害防止に焦点を当てた内容だということです。

 

条例の制定の是非ついては、微妙に揉めています(理由はいくつかあるけど省略)。私自身は条例をつくることについてはほぼ賛成なので、是非を問うような意見は書きませんでした。言いたいことは書ききったので、送った内容をそのまま掲載します。

 

私は、県内在住で子どもの頃に性被害に遭った経験のある当事者です。条例制定については概ね賛成していますが、「性被害」という言葉の使用について意見いたします。

 

「性被害」という表現は、子どもが身体的・精神的に被害を受ける状況において、必ずしも暴力が伴わないケースも存在することから、「性暴力被害」という言葉では実態を正確に捉えきれないということで、慎重に選ばれた言葉なのだろうと推察しています。英語圏では「sexual abuse(性的虐待)」という語が一般的ですが、日本において性的虐待と言った場合には、一部の特殊な家庭内で起こるレイプ等の児童虐待を想像されることが大半です。性的虐待=強い者が弱い者へ力関係を濫用して行う性的行為である、という意味が広く一般に共有されていない以上、性被害という表現を採ることはやむを得ないとは思っています。

 

ですが、今後設置が検討されている「性被害者のためのワンストップ支援センター」など、被害者支援の施策においては、「性被害」という言葉の使用を今一度、慎重に議論して頂きたいです。特に「性被害者」という表現は、ともすれば被害者の性そのものが毀損されたような印象を与えかねません。また、性暴力という、力関係を濫用した暴力と権利侵害により被害が生じているという事実を、曖昧なものにするのではと感じています。

 

性暴力被害者のワンストップ支援センターは、条例の関連施策として設置が進められていくのでしょうし、そのこと自体に異存はありません。ですが、条例との関連を示すために字句を揃えるように、「性被害」「性被害者」という言葉を何の検証も無く使用することはやめて頂きたいのです。性暴力被害者の支援は条例制定を補強する材料ではなく、真に被害者の助けや支えとなるものであるべきです。少しの言葉の違いではありますが、言葉により人の意識や理解は変わるものです。全国のワンストップ支援センターが「性暴力」という言葉を使用するのも、名称が持つ啓発の意味合いを重視しているからではないでしょうか。

 

私は子ども若者支援の活動にも参加しており、知事や関係部局の皆様が子どもの支援に関心を寄せ、当事者を思いご尽力されている様子も見てきました。ですからどうか、被害を受けた当事者の視点に立った政策の展開をお願い致します。

 

 

過去に何度か、そして子どもの頃にも性暴力の被害に遭ったことがある者として、「性被害」「性被害者」という表現がどうしても引っ掛かりました。適当に「欧米では~」みたいな話もしていますが(いや一応CNNとかロイターのサイトを日本語と英語で検索したり、CiNiiで論文検索して表記の違いを眺めたりしてみました)、ハッキリしたことが言えないので、慎重に議論してほしいという書き方にしました。パブコメとして効き目のある内容なのか微妙なところですが、自分の気持ちとして書かずにいられなかったのです。

 

力関係の差を用いて不当にだれかを利用(それは精神的にも肉体的にも)することは暴力だと思うんですけどね。そこに殴る蹴るが介在しなくても。DVだってバイオレンスという言葉が入っていて、恫喝や交友関係の制限や経済的な制限もDVなんですよというのは知られてきているはずだけど、略語にしちゃうとバイオレンスが忘れられやすいのか、暴力と関連付けしにくくなっている気がします。

 

ほんとは暴力だし、虐待だよ。字面や響きがどギツくなくて使いやすい言葉は、行為の持つ暴力性や不当さを薄める。それは嫌だな、と思っています。