「子供の領分」という曲

ドビュッシーの「子供の領分」という曲が好きで、ピアノが弾ける環境にいた時には自分でもよく弾いていた。今はピアノが無いので、手持ちのCDを聴いたり、YouTubeに好みの演奏がないかたまに検索したりして楽しんでいる。

今日はYouTubeを検索してiいたら、ドビュッシー本人が演奏するピアノロールの音源からの動画を見つけた。曲は私が一番好きな「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」。


Debussy "Doctor Gradus ad Parnassum" - A Comparison

ドビュッシー本人の演奏と、ラフマニノフコルトーの演奏が入っている。まあ豪華。ドビュッシーの演奏は技術的に上手いというわけではないのだけれど、ちょっと人を食ったような感じの演奏がまさにドビュッシーという感じ。後半部分とても速いテンポで弾くのだけれど、たしかに楽譜にも「もっと速く」という指示はある。でも、こんなに速かったんだ、という感じ。

この曲、本人が弾くピアノロールが残っていたことを知らなかったので、気になって検索して調べてみた。すると大学の児童学科で音楽を教えている方の研究報告の文章を見つけた。ピアノロールの演奏についてではなく、「子供の領分」という曲についての話だったけれど、これがけっこう興味深かった。というか、私自身がこの曲とドビュッシーに抱いていたイメージと重なるものだった。

聖学院大学総合研究所のNewsletter Vol.21 No.2 村山順吉氏報告「『子供の領分』をめぐって」(児童における<総合人間学>の試み研究)という文章なので、興味のある方はぜひ。

私は昔から“Children's Corner”というタイトルを「子供の領分」と訳した理由が気になっていたのだけど、どうも誰がどうしてこの訳にしたのか分からないらしい。ドビュッシーは比較的早くから日本に紹介されていた作曲家だったので、正確なところが残っていないようだ。けれど、大人という存在になると外から覗うことしかできない子どもたちの大事な世界を表現したようなこの曲には、「子供の領分」というタイトルがぴったりくるなとずっと思っていた。だから、その解釈はありなんだと知れたことが嬉しかった。

久しぶりのブログ更新は好きなピアノ曲の話でした。夏の疲れが出てきてなんともだるい今日この頃です。

真の当事者はどこにいるーあるいは、語れる当事者と「劣化する支援」について

先日、今年の2月24日にfacebookに公開投稿した文章に久しぶりにいいねが付いていた。半年を経て再会した自分の文章は、もう一度自分の中で考えてみるべきことだなと思ったので、ここに転載してみる。いま読み返すと、付け足したい点や注釈をつけたい点がいくつかあるのだけれど、そのまま載せてみようと思う。

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一部の人にしかさっぱり通じない話だと思うのですが、少し書いてみます(2.25下部に追記

「劣化する支援」のイベント告知やそのレポ、田中俊英さんのブログが、よくシェアされてくる。というか私も、田中さんをフォローしていて、日々の投稿なんかもちらちら読んでいる。昨今の子ども支援や、貧困と格差解消に挑むNPO、その中でも特に目立つ業界的な有名どころへの違和感、そういうのは私も分かるなという部分があるので、面白く読んでいたりもする。

が、どうしても気になる、引っかかる点がある。田中さんは「サバルタンは語ることができるか」を引用しながら、真の当事者というのはそういった支援やNPOにもつながれない人々であって、有名NPOが目立つことによって、真の当事者がますます見えない存在になることを危惧している。そして、真の当事者ではない、まあなんとか支援につながれる、場合によっては自ら当事者として語ることが出来る人々のことを、「エリート当事者」と表現している。

あえて刺激的で分かりやすい表現を使用していることは分かるのだが、この表現に、私はちょっと心が痛んでしまう。フリースクール友達で「語る」役をやっていた人はすぐ分かると思うけど、かつての私たち(恐らく日本で一番有名なフリースクールに通う不登校の子ども)は、しばしば「不登校エリート」と揶揄されてきた。あなた達は例外だ、不登校一般を代表するものではない、だからあなた達の話は面白いけど参考にならないし、不登校についての検討材料にはならない……そう言われ続けてきた。

私自身は「不登校エリート」ではなかった。というのも、人前で分かりやすく自分の経験を喋ることが出来なかったため、エリートらしくメディア取材を受けたり講演会で喋ったりしたことはほとんど無いのだ。喋れなかった理由は「どこかおかしい学校教育と、そこからはみ出してしまう自分」という定型の語りに、自分の経験(学校以外の出来事でも多く傷付いて、今思えば病気のレベルまで心のバランスを崩した)を乗せられなかったから。だから、不登校エリートと言われるだけのことはある、立派な語りが出来る友人達がいつも羨ましかったし、僻んでもいた。そして自分が劣っているように感じていた。

ただ、外側から見れば私もまた不登校エリートの一部であっただろう。エリートである理由は、見る者によっても変わるので、何かしらには引っかかる。淀みなく自分の経験を話せる知能や社会性なのか、それなりの額の金銭的負担が生じる場所に通える家庭の子だからなのか、学校や公的機関以外のリソースにつながれる社会関係資本を持つ子だからなのか。

現在の私は、不登校エリートと言われても、言われなくても、どちらでも構わない。大人になるにつれ、昔は羨ましかった友人達も、簡単には人に言えない悩みを抱えていたことを知っていった。みんな、実は全てを洗いざらい話していたわけではないこと、大なり小なり大人の求めに応じて理想の当事者像を演じていたこと、自分が不登校を代表してしまう違和感を抱えていたこと……それらが分かるようになった。みんな葛藤していたし、年月の経過とともに、人前で語ることはしなくなった者、語りの内容を変化させていった者もいる。エリート当事者も悩んでいるのだ。あんまりエリートじゃなかった私も悩んできた。いや、悩まなきゃいけない状況にさせられてきたとも言える。

そんなわけで、困難な状況にある人々、その中でも特に弱い立場にある子どもや若者に分断を生みかねない言説には警戒心がある。支援論を戦わせるなら支援者の皆さんで勝手にやって頂きたいし、当事者を巻き込まないでほしい。「語れる/語れない」の問題なんて、そんなに目新しくもないだろう。最近特に、物語として目を惹く語りを有り難がる風潮があるなら、物語消費とか感動ポルノとか、いくらでも切り口あるでしょう。そうでもしないと資金調達できない社会に異を唱えることだって出来るでしょう。社会保障を問うてもいいのよ?

個人的にびっくりしたのは、叩き上げのNPO支援者だけでなく、学問的なバックグラウンドを持つ専門職や研究者でも無批判に同調しちゃうの?ということだった。なんかちょっとショックで。

後半からキツイ書き方になったけど、私は怒っていたのかもしれない。かつてのエリートコンプレックスの私も、一生懸命喋ったら「あなたは運が良かったのね」と言われた私も、その後支援者になって世間知らずだったことを突き付けられ泣きながら勉強してきた私も。

「劣化する支援」論や、田中さんの論が、当事者に何か言うためのものではないことは分かっている。しかし当事者をカテゴリ分けして、あなた達ではない本物がいると便宜上でも言ってしまう以上、こういう批判が出ることは引き受けてほしいなと思う。

あー長文。公開投稿の方がいいのかな。→公開にしました

追記
田中さんの記事をちゃんと紹介していなかったので、こちらにリンクを貼ります。

toroo4ever.blogspot.jp

lite.blogos.com

news.yahoo.co.jp

3つ目の記事は少し前のもので、エリート当事者という表現はされていません。私個人としては「うっ…」と苦しくなる部分もあるのですが、この視点は大事だし、語れる/語れないについて丁寧に書かれていると思います。

***

fbからの転載は以上。投稿には友人からのコメントもいくつかついて、私自身もこのあたりを更に考えていくきっかけになった。ここのところ、ソーシャルセクターのあれこれ的な話をよく目にするし、自分でも考えるので、いったい自分の原点や基盤はどこにあるのかということを、先日もまた考え直していた。

どれだけ知識をつけても、数量的な分析に必要な話ががわかるようになっても、今は現場離れてるからむしろ感覚衰えてるけど今後また支援の力量が上がっても、たぶん一生、自分についてまわる話なのだ。呪いでもあり、希望でもあり、自らを呪うための呪詛もまた、祈りなのだ。私は、自分の語りを使って何かをしたいと思うに値する人間なのか?、「真の当事者」なのか?と。

FBの投稿はこちら↓

https://www.facebook.com/miho.komatsu88/posts/1862324517175902

今日の読んだものとメモ、少しだけソーシャルセクターの話

昨日よりは体調が良い。今日は先週やった血液検査の結果を聞きに行かなければならないので、多少元気じゃないと困る。甲状腺機能が変じゃないかと思って検査したのだけど、また病気が増えるのも嫌だし、何もなければ何もないで、精神的なものとか自律神経の問題と言われるので嫌だ。トラウマ由来の精神的不調がある人は身体にも不調が出る人が多い気がするけど、理由はなんであれ不調だらけというのは嫌なものです。

今日も読んだものをメモ。

yoshimi-deluxe.hatenablog.com

この方のブログがとても好き。今回もやっぱり好きだった。どこが好きなのかいちいち説明したくないけど、「私たち」と「社会課題」というものが別々に離れたところに存在するんじゃないという視点を一貫して持ち続けているところと、それを指摘する時に気に入らない奴の襟首つかんで「お前わかってねぇだろ?ああん?」みたいにならないところが好き。私は襟首掴みそうになる本心を抑えようとすると、僕たちはソーシャルビジネスで社会課題にアプローチしてます解決してますと言っている人たちに阿りそうになってしまう。自分に自信が無いから攻撃か服従かスルーの3択になってしまうのが私の悪い癖なのだけれど、考えてみればそういう人は私以外にも多いのかもしれない。日本は建設的な議論をする土壌が無いとか言われるのって、自信が無い人が多いからなのか。尊大に振る舞える自信じゃなくて、自尊心のほうの自信ね。そういえば、7~8年くらい前はtwitterをフォローして頂いていたか、時折favをもらっていた気がする。私はあの頃よりは元気です。

 

neu-zuppa.com

一つ目の記事と同じような話題について。染み入る文章だし、ちょっと元気が出た。「倫理なき知性は社会のためにならない」「誰にとって『使いやすい』存在となるのか」ほんとに。私はどうしたいか、すごく考えた。そして、自分が長年かかわってきた領域では名前の知れたNPOを1週間で辞めた時のことを少し思い出した。許せなくて泣いた時も、辞めて悔しくて泣いた時も、なんで泣いていたのかって、支援対象者である子どもたちに申し訳なくて泣いていたのだった。そういえば、この文章を書いた方にも、先日FBである方の投稿にコメントした際に、いいねを頂いていた。ありがとうございました。

 

note.mu

スモール・ハピネス、いいなぁ。これを書いたパノラマの石井さんとは、以前ちらっとお話をしたことがあるだけで、あとはずっと、なんとなくFBで交流させて頂いている。

知り合いか、知り合いの知り合いか、せいぜい2人くらいを間に入れればだいたいの関係者を網羅できてしまいそうなのが、いわゆる「ソーシャルセクター」という世界だと思う。その狭さが、何か大きな動きをしたい時に良さとして発揮されること(たとえば災害時、一般的な災害援助や復旧・復興以外にも、○○の病気を持つ人たちに必要な物を届けたいという別地域のNPOを、当該地域のNPOや関係者にすぐつなげるとか)もあれば、何かおかしいぞと思うことがあってもそれを口に出せない(でも○○さんとか何も言ってないし△△さんも一緒にやってるし…)という方向に発揮されてしまうこともある。

最近、ソーシャルセクターと言われる人たちをちょっと揺るがしている話題あれこれも、問題が起こる背景や構造にはいくつかのポイントがあると思うけれど、この「狭さ」が持つ難しさというのを、単純な話ながら感じた。でもそれって、村社会の息苦しさみたいな話そのもので、社会課題をどうにかしたいと思う人たちが志向する「つながり」って、そんなんでしたっけ?と思う。がっくりしつつも、今起こっていることに対して何らかのアクションをする人の存在も確認することができて、よかった…のか?よい方向にしていかなきゃなと思う。

 

・ぜんぜん関係ない話で、突然頭の中に降りてきたフレーズ

「でも精神科医や精神領域の支援者の書くものって嫌じゃないですか、大御所的な人は達観した感じだったり衒学的な感じがしたりするし、研究者っぽい人は緻密でカチカチした感じだし、優しそうな人はやわらくてまるい言葉ばかり。私たちの真実はそのどれにもない、どれにもないんです。いや真実なんてわからない、私たちという人間や生活や、日々のなさけなさ、圧倒的になさけなくて、でも、それでも良いこともあること、そしてまたなさけないこと、そういうのがね、無いんですよ」

私の中には「戯曲係」とでも言うか、時々こういう芝居っぽい台詞であまり自覚していない感情を穏便に伝えてくれる存在がいる。交代人格というほどでもなく、幻聴ほど外からやって来る感じではない、中から聴こえるのはわかる程度に、自分ではない言葉としてやってくる。言い終るとそれでおしまい。久しぶりに来た。治療終結したばっかりなのにそこそこ解離じゃん。

そこにあるのは人生だ、生活を見ろ、困難は困難として尊重しろ、人間を扱えということか。自分の中の当事者が、置いてきぼり禁止と言っているような気がする。

今日読んだものメモ

体調が悪くてぬるい空気と一体化しているので、昨日も今日もぼーっとしている時間が長い。悲しくなってしまいそうなので、何事か考えたりしていた形跡を残しておこうと思う。気を付けていないと自分がいかにダメかばかり考えてしまう性質なので。

 

日本の「リベラルの弱点」とは | 荻上チキ・日本の大問題 | ダイヤモンド・オンライン

本の宣伝かよーと思いつつ読んだ。治安と教育のところが気になる。

 

「教室のエアコン設置論」よりも重要なこと | エネルギーから考えるこれからの暮らし | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

紫波町に引っ越してオガールの賃貸に住みたいと思って検索してしまった。あちこち転々として色々な住宅に住んできたけれど、断熱は大事だなと本当に思う。日本の住宅政策は、居住福祉の面からも環境の面からも経済の面からもクズだと思う。短期的なことしか考えてないだろという話のオンパレードで今がある。公共施設も、どうかと思う建物が多い。

 

児童虐待“予防”に予算がつきにくいのはなぜか (1/2)

なぜなんでしょうね。短期的なことしか考えてないシリーズなんだろうか。

虐待のことを考えると、悲しさに圧倒されるか、怒りで勉強するぞとなるか、虚無感で何もかも嫌になるか、つい極端な反応をしてしまう。今日も2回くらいなった。そして、そういう極端さを内に抱えた人はおそらく想像以上に沢山いる。かつて被虐待児だった人も多くいるだろうけれど、そんな子どもを間近で見ながら何も出来なかった…みたいな思いも心を蝕むものだと思う。例えば、子どもの同級生のあの子大丈夫かな、あの家大丈夫かなと思っていたけど引っ越しちゃってわからない後味悪いとか、気になる教え子がいたけど日々忙しくて話を聞く余裕も無く先輩にはいちいち深入りしてたらやっていけないと言われたとか、異動で児童福祉の担当になったけど大変過ぎて心が麻痺していった今はもう当時のことは思い出さないようにしてるとか。そういった周囲の人間も含めればかなりの数になるんじゃないか。公衆衛生によくない。

ミクロレベルで良い支援をするのはもちろん、マクロレベルでも冷静に事態の改善に貢献し、社会全体を回復のプロセスに乗せるには、どうしたらいいんだろうか。何かしら一端を担えたらという思いと、今の私には無理だろうなという思いと。こうしてまた虚無がやってくる。

 

内部告発者に「報復」する社会 法の欠陥、修正できるか - Yahoo!ニュース

内部告発者の「誇り」と「悔い」 「事件後」の日々を追って - Yahoo!ニュース

重たい話。正義を感じられない社会は、つらい。

 

体調が悪いんだったらもっとふんわりしたことを考えていれば良さそうなものだけれど、それが出来ない。あとは専門書の多い近場の大学図書館はどこかと検索したり、PDFになってる文献探ししたり。一人でいる時は特にダメなので、週末よ早く来い。あ、夫の休みは日曜だけだったか…。

今年度中に読みたいと思っている本のメモ

久々の勉強日記。書いて自分を追い込むスタイル。

まずはこれ。せっかく一応の大学生をやっているから必須じゃなくても卒論を書きたくて、そのための勉強。高いから大学の図書館で借りる(しかし本校は知多半島にあるので郵送で送ってもらわなきゃいけない)。

社会疫学<上>

社会疫学<上>

 
社会疫学<下>

社会疫学<下>

 

 次にこれ。夫が買って読んでうちにある本なので読むだけ。

ひきこもり町おこしに発つ (秋田魁新報社)

ひきこもり町おこしに発つ (秋田魁新報社)

 

 そしてこれも。

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

 

 あとこれも。

 まだまだあるよ

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

 

 まだまだいくよ。これも図書館。

 これは前に借りて読みかけだった

社会的排除―参加の欠如・不確かな帰属 (有斐閣Insight)

社会的排除―参加の欠如・不確かな帰属 (有斐閣Insight)

 

大学の講義で先生の話を聞いて興味を持ったのがこれ

アメリカ福祉の民間化 (アメリカの財政と福祉国家)

アメリカ福祉の民間化 (アメリカの財政と福祉国家)

 

これも図書館おねがいします。ぱらぱら目を通すくらいでも。

ダニーディン 子どもの健康と発達に関する長期追跡研究―ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から―

ダニーディン 子どもの健康と発達に関する長期追跡研究―ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から―

 

 としょかーん

社会と健康: 健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ

社会と健康: 健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ

 

これは買う。新書ありがたい。 

最後にこれ。

調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本

調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本

 

社会福祉学という学問のことが、いまだによくわからない。社会学や経済学や公衆衛生学がなんとなく好きな自分はどうしたらいいんだと、しばしば思う。どうしたらいいんだ感で悶々とするためのラインナップという感じ。

社会疫学とかソーシャルキャピタル、精神保健、社会的排除と包摂、Evidence-based Practice、社会的インパクトと評価とSROIと政策、政策と福祉と民間……みたいなことをぼんやり考えております。

他にも読みたい本はいくらでもあるけど、ちょっと絞ろうと思った。人生は短く、乳幼児の母は忙しい。あと私は多読ができない性質。

こうやって見ると、「いくら個別のエピソード出しても意味ないじゃん。なんかもうちょっと数字で示せないとさ、いいことでも大事なことでも世の中分かってくれないじゃん」と言っていた18歳の頃から変わってねーな自分。ブレな過ぎでこわい。

子育てって、疲れ程度で頼れる先は無いんだなと思った

保育園に通い始めた娘は、しょっちゅう風邪をひく。ちょうど母親からの免疫がなくなって感染の心配が出てくる頃に保育園生活が始まったこともあり、毎週のように色々なタイプの風邪をもらってくる。

思い返せば、5月は慣らし保育の完了まですごく時間がかかり(後追いの時期だったから、ひたすら泣いて泣いてなかなか慣れてくれなかったそう)、さっき送って行ったと思ったらもうお迎え!みたいな調子で、ワンオペ育児生活よりもかえって疲れるくらいだった。6月は毎週風邪をひいて毎週小児科に行って、最後の週は1週間まるまるお休み。多分、月の半分くらいしか登園していない…。乳児期は仕方ないのかもしれないけれど、これじゃ仕事は無理だな、早くから働かなくてはいけない人たちはどうしているんだろう、と思ってしまった。

そして困ったことに、娘が風邪をひくとどうしても私や夫も風邪をもらってしまう。高熱が出たり、咳が酷かったり、家族3人のうち常に2人以上が体調不良という状況で、私も夫もボロボロになってしまった。夫は疲労が溜まっていたところに娘の面倒を見ていて痛めたのか、椎間板ヘルニアで腰痛に苦しんでいる。私は風邪が治りきらずに咳を繰り返しているうちに、喘息になってしまった。医療費がかかって溜め息、通院の時間をやり繰りするのに一苦労、気持ちも含めてますますボロボロ…という悲しい状況が続いている。

これがずっと続くわけではない、今だけだ、そのうち娘も丈夫になってきて、こんなに大変じゃなくなるはず…そう思って乗り切ろうとは思っている。けれど、現実的に疲れもストレスも溜まっているので、なかなか前向きな気持ちにならない。

バタバタと大変な状況を繰り返してみて感じたのは、子育てというのは、ちょっと大変だったり疲れていたりする程度では、頼る先なんか無いんだなぁということだった。病児保育や市が委託している子育てサービスなどをあらためて調べたりもしたけれど、手間やコストや得られるメリットや罪悪感や、諸々を合わせて考えると、「自分がもうちょっと頑張るしかない」という結論にしかならなかった。

娘が生まれたばかりの頃は仕事の都合をつけてよく助けてくれた私の母も、仕事の忙しい時期と祖母の入院(とその後の介護の心配や諸々の準備)とが重なり余裕なし。みんな忙しいし余裕が無いんだよなと思うと、自分が疲れているなんて理由で誰かを頼ろうと考えていることが恥ずかしくなってきて、ますます人に頼る気持ちにはなれない。自分の障害が理由で保育園に入れただけ私はマシなんだと思うと、さらにさらに、人に頼る気持ちは無くなっていく。

疲れた、しんどい、つらいと思いながらも、なんとかやれているのだから、これを続けていくしかないのだろう。続けているうちに慣れていくのか、疲労で調子を崩していくのかは分からない。けれど、母親の不調を予防する意味で使えるようなリソースはなかなか無いので、私が慣れてタフになっていくことを期待しながら、ヤバくなった時のレベル別に使えるリソースを、私的なものも公的なものも全て、頭の中にリストアップだけしている。

ある程度は覚悟していたけれど、育児はやっぱり大変だし、頼れる先もなかなか無い。孤独と困難で追い詰められる人がいるのも分かる。本当によく分かる。データや事例としては頭に入っていた、子育てで追い詰められやすい状況というのも、今はなかなかリアルに想像できる。私の何倍も疲れていたり、しんどかったり、つらい思いをしている人は、山のようにいるのだろう。

綱渡りのような毎日に明るい話題を提供してくれたり、楽しいことをくれるのは、娘の存在でもある。「それでも楽しい時間も、笑っちゃうことも、たくさんあるな」そう思える時間が少しでも長く続くように、なんとか今を切り抜けていくしかないんだろうなと思っている。

働けるかな

仕事や経営に関する話を読んでいた。なるほどなーと思いながら、ふと思う。私、このあと働けるのかなーと。

はじめてアルバイトをしたのは16歳だった。近所のクリーニング屋の受付だった。当時はもうフリースクールに通っていて、高校生よりは時間の融通が利く生活だったので、週3くらいで午後2時過ぎまでバイトして、その後にフリースクールに向かうという感じだった。同じようにバイトしている子も周りに何人もいて、高校行ってないとかフリースクール通っているという説明のめんどくささは感じながらも、高校生より長い時間入れます!とか平日の昼も大丈夫です!とか、それぞれバイト先に合わせてアピールポイントを見つけて仕事に就いていた。一度経験すると「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」なんて履歴書に書けるので、バイトを転々とするたびにその内容を更新しながら、色々な仕事を経験してきた。

フルタイムの仕事もやってきたけれど、派遣だったり契約社員だったりして、いわゆる「正社員」の経験は無い。が、今日日そんな人は珍しくもないし、就活して内定もらって卒業して就職して研修やって配属先に行って…なんてのは私はもう一生経験できない。そういうルートは経験していない人として生きていくしかないので、経験活かして即戦力か、資格取って中年新人が許される職場で精進するか、そこまで気合い入れなくても平気なパートで働くかになる。だから、クリーニング屋を辞めた後に別のバイトに応募する時のように、今後も「これまでのバイトを通じて接客の仕事が好きになり…」のような話の20XX年バージョンで雇ってもらえるところを探すことになるのだろう。

で、問題はここからだ。果たして、一般の職場や雇用の形でやっていけるのか、ということ。

今は精神障害障害者手帳を持っているけれど、15歳になってからの20年で手帳を持っていた期間は2年ちょっとだ。なので、障害者雇用福祉的就労で働いた経験は無い。一般の職場や雇用の形で、まあなんとかやれてはいた。が、やっぱりというかなんというか、継続することが難しい。一つの職場で働いた期間で、今までの最長記録は18歳から24歳までの6年くらいだろうか。はじめはバイトで週に数日、というか仕事が多い時期と少ない時期の差が激しい職場だったので、週6日出続けることもあれば、月に2,3日しか働かないこともあった(そういう時は別のバイトや短期のバイトを組み合わせていた)。続けるうちに認めてもらって契約社員としてフルタイムで働くようになると、だんだんと調子を崩して2年も経たずに退職。調子を崩した理由は仕事だけではないにせよ、フルタイムで毎日一定した調子で働かなければいけないことは負担になっていた。忙しい時は残業代でけっこう稼いだりしていたので、仕事も大変ではあったのだけど、「毎日一定した調子で」というのが私には一番つらかったのだと思う。それに気づいたのは、だいぶ後になってのことだけれど。

次に長く続いたのは、30歳を過ぎてから働いたベンチャーでの2年くらいだ。ここでははじめの半年弱をフルタイムで働いていたのだけれど、3か月くらいで実質フルタイムじゃなくなっていた。やはり毎日一定した働き方というのが難しく、調子が良ければ人並みに働いて、その後の酒席でも社外の人に気を遣ったり…なんてことも出来るのだけれど、それが続かない。遅刻や早退や欠勤とだんだんグズグズになっていき、戦力にならない自己嫌悪で精神的にも落ち込んでいき、一度は退職することになった。が、小さなベンチャーだったので、その中で私はこれが得意だという仕事もあり、誘われてイベントのお手伝いをしたことから、在宅勤務で復帰することになった。会社から遠く離れた土地に引っ越してからもリモートワークという形で仕事を続け、1日5時間の週2日というゆっくりしたペースで働いた。そんな短い勤務時間なのに、重要な仕事を任せてもらったり、外部研修や泊りがけのミーティングに参加したり、本当に良くしてもらった。こんな柔軟さが許されたのは、手帳は無いけど自分の病気を応募段階から伝えていたからかな、と思う。

こうして書き出してみると、私は恵まれているなと思う。良い条件の仕事にありつけたり、そこで配慮してもらったりというのも勿論あるけれど、そもそも自分の生活全てをまかなったり、家族の生活費まで稼がなきゃいけないという状況ではなかった。実家暮らし、もしくは同棲か結婚で生活の心配は無かった。我ながら甘い環境で生きてきたなと思うけれど、甘くなければ破綻スレスレか死ぬかしていた。甘えられるなら甘えて生き延びないと、後で改心して恩返しすることもできない。改心はしないかもしれないけれど恩返しはしたいので、ああ、やっぱり働きたい(ただし保育園に入れたら)。

障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わり、新聞やTVなどでも「雇用された後の定着の大変さ」が伝えられるようになってきた。定着が難しいという点については精神障害者として全力で同意するところだが、なぜ定着できないのか、辞めることになってしまう経緯と背景はなんだったのかという部分は、人によってかなり差があるのではないか。ただ、もしかしたら大体の精神障害者に共通するかもしれないのが、「フルタイムで一定の調子で働くことが偉くて立派で普通で、それを出来ない人間は劣っている、そこまで言わなくても病気が重くてまだまだな人なんだ」という思い込みだ。これを精神障害者だけが感じているわけがないので、社会の多くの人々もまた、そのように思っているのではないか。

そもそも、フルタイムで一定の調子で働くことができるなら精神障害者と呼ぶような状態ではない気もする。障害者雇用に関して理解や取組み実績のある企業であれば、ここが壁になることは分かっているだろう。しかしフルタイムで安定して働くことが目指すべき状態となっていたり、通常のモデルとされている環境であれば、障害者のほうもそれを目指してしまう。少しずつ慣れていきましょうとか、無理せず段階的にと言われたって、頑張らなきゃと意気込んでいれば無理をしてしまう。結果、続かないなんてことになる。

無理せず段階的にとか、調子に合わせて多少柔軟にやっていきましょうと言うなら、たぶん、社内の他の人たちもそのように働いていたほうがいいのだ。育児や介護中だから時短で、というのはそれなりに制度化もされてきているようだ。でも、そういった制度や取り決めじゃなくても、通院で一時抜けますとか(がんや慢性疾患の人だっている)、切り替えのために30分だけ休憩させてくださいとか(一般雇用でやっていけるレベルだけど発達障害という人だっている)、しんどいから会社の周り一周してきて戻ってきていいですかとか(障害や病気がなくても色々しんどいですよね)、そういうことが出来ればいいのにと思う。1日8時間を週5日、決められた休憩以外は1分の隙も無くみっちり働き続けなければいけない状況は、きっと誰でも苦しい。仕事大好きで苦にならないなんて人は、何かしらの裁量が高い仕事をしているから、苦にならないか、適宜どこかで息抜きができるだけなんじゃないか。

事情を抱えた人ほど、誰かの管理の下で裁量度の低い、隙無くみっちりな仕事をすることになりやすい。周囲のフルタイムで全力で働く人たちを横目に見ながら「配慮して頂く」状況というのは、申し訳なく居心地が悪いものだ。だから、みんながそれぞれの事情で隙ありな労働ができれば、精神障害者の働き方も定着に向かいやすいものになっていくのではないか。

ゆっくりしたペースで働けていたベンチャーは、ソーシャルビジネス系の会社だった。だから理解があったという部分もあるが、働くうえで私が一番安心できたのは、上司も含めメンバーそれぞれが事情を抱えていて、体調不良や通院での遅刻や早退が「だらしない」と思われたりしない雰囲気があったことだ。働く中でそれぞれの事情を知ることになり、「みんな色々抱えながら仕事しているんだな」と実感できたことは、私自身にも大きな収穫だった。(そしてこの会社は熊本にあるので、2年前の熊本地震の際は、みんなが事情どころじゃない事情に見舞われることになった)

話が大きくなりそうなのでこの辺でおしまいにする。そして障害者の中にも、毎日決まった時間にフルで働く方が安定につながる人、フルタイム分の給与が必要でそれを目指したい人がいることも書いておく。でもねー、もうちょっと柔軟なやり方が広がってくれば、私も働けるかなって、そう思うんだけれど。